Portable Story 100 pieces 1-10☆1一人すごす秋の夕べに。 三年前に買った本一冊、 題名もみないままに携え 湯が沸かせるきりの山荘に入る。 外を望める壁ぎわに寄りかかり、 ひんやりと木の触感を背中に受け ゆっくり紅く染まる山肌の影、 黄金の稲穂の音を追う。 すとんと光りの幕が降り、 闇の炎が立ちのぼる。 水滴を帯びた大気が ふと屋根から降りてきて、 頬を辿り、シャツの袖にまとわりついた。 「秋の田の 刈り穂の 庵の苫をあらみ 我が衣手は 露に濡れつつ」 ☆2 初夏の山を眺めて渡る。 爽やかに吹き抜ける風が 髪を撫ぜ、耳元で遊んで過ぎる。 ふわりふわりと 風に浮き沈みする白蝶の 花か友かと舞う姿。 そっと羽のように手を延べば 指先をおおう微かなベール。 ひらりひらりと漂いながら いつか体を包みこみ 私をさらう天の羽衣。 「春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」 ☆3 眠れぬ夜にあなたを思う。 あてなく待つときは長い。 賑やかで虚しき会話のこぼれる 深夜プログラム。 いつまでもつき合わせて、 孤独の友にするのをやめてみる。 かじかんだ体を持て余し ひとつ大きく伸びをして ひとりソファに横たわる。 ようやく夜が友になる。 「あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む」 ☆4 北へ向かう船から眺める。 潮風を越えて飛び交う 海鳥の ゆくさき見れば 空にコバルト、 遥けき峰に雪の白。 「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」 ☆5 枯葉つもる道を あてもなく歩く。 夕闇せまり 背をおされる心地がして 足の向いた路地で 遠景を望む。 やや色あせた紅に浸る錦の 少し透いた山肌。 「奥山に 紅葉ふみわけ鳴く鹿の 声きくときぞ秋はかなしき」 ☆6 海にそそぐ 流れの上。 きらめくライトに浮かび上がる 大きな橋の いつもの場所で 今宵も待ち合う 人、ひと。 交わす吐息が 端から凍り 想いが 言葉が 白く 暖かく 深き夜に 残り来る。 「かささぎの わたせる橋におく霜の しろきを見れば 夜ぞふけにける」 ☆7 懐かしきあなたは かの地にまだいるだろうか。 大海原に 映る光りの 朧な影。 遥かな故郷で ともに眺めた ゆく末照らす 山の端の月。 「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」 ☆8 郊外に ひとり棲む この東屋に 深遠なる宇宙広がるのを 知るは 我のみ。 「わが庵は みやこのたつみ 鹿ぞすむ 世をうぢ山と ひとはいふなり」 ☆9 春の花の華やかさも 夏の果実の瑞々しさも 通り雨のような 瞬時の夢 秋の種を包み込む大地に 冬の雪の暖かさを添えて また春の雨が降る 「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」 ☆10 夜の駅にて 永の別れとも また会うともわからぬまま 人まだ多く行き交う瞬景に 我も加わる 「これやこの 行くも帰るも わかれては しるもしらぬも 逢坂の関」 |